周黄矢のブログ

噬嗑録

東洋思想を噛み砕き、自身の学問を深めるために記事を書きます。

筆写の方法を詳細に

ツイッターで交流のある数人の方が、筆写に取り組んでいるという。

筆写は私にとって唯一にして最高の方法なので、その方たちの取り組みも「大変良いこと」と思う。

以前、筆写について聞かれた際には、あまり詳しくお話ししなかった。

質問した人が筆写に取り組むことを想定していなかったからだ。

しかし、今やそうではない。

筆写に取り組むうえで大切なこと、特に健康面への配慮、そのための環境づくりや道具選びなどを詳しくお話ししようと思う。

 

 

なぜ筆写するか

私は、あまり読書をしない。

ここでいう読書とは、本を黙読や音読のみによって読むことである。

読書があまり得意ではない。

単に読むだけでは没入できず、理解もいまひとつで、内容もあまり覚えていない。

私にとって没入感があり、理解でき、記憶にも残る方法が筆写である。

 

ツイッターを始めて、筆写についてしばしば聞かれた。

何をどう写すか、継続するにコツはあるか。

聞かれたことを思う通りにお答えしてきた。

 

ごく最近まで、継続にコツなどないと思ってきた。

「ただやるだけ」とお答えしてきた。

写すことは誰でもできる。一字々々と写していけばいつか必ず終わる。

終わりが見えなければ継続は難しいが、終わりが見えるから継続もできる。

継続さえできれば、四書五経全部写すくらいは何でもない。

ただそれだけであると思ってきた。

 

筆写は体を悪くする

しかし、よくよく考えてみるとそれだけではない。

筆写は根気のいる方法である。

1000ページの本を全部写そうと思えば、読む時間、調べる時間、写す時間でおそらく1000時間はかかる。

これを1年でやろうと思えば、毎日3時間はやることになる。

そのうち書く作業は2時間くらいか。

実際には、2~3時間では進むのが遅く、もどかしいのでもっと書くことになる。

当然、体への負担は大きい。

 

腱鞘炎

考えなく、情熱だけで筆写に取り組むと、間違いなく腱鞘炎になる。

筆写を習慣化すると、筆写しない日があるのが嫌になるから、腱鞘炎でもやる。

その結果、腱鞘炎が慢性化する。

腱鞘炎で病院に行ったことはないから、治るかどうか知らない。

行ったところで、筆写を休め、止めよ、時間を減らせなどという話になるのは目に見えているから、行くだけ無駄だ。

厄介なのが、痛みが徐々に体の中心に向かってくることだ。

肘、肩とおかしくなり、腰や首もおかしくなってくる。

 

筆写が続かない理由

高校の頃から、本を筆写してきた。

もう15年以上、この方法を続けている。

利き腕はとっくの昔におかしくなっているが、私にはこれ以外方法がないから特に不満も抱かず続けてきた。

 

しかし、筆写以外に方法がある人ならどうか。

体が辛くなると、心も辛くなってくる。

集中力を欠いたり、筆写が嫌になったりする。

体を休めよう、筆写は中断して読書に切り替えよう、この流れになると筆写は続かない。

必ずしも筆写にこだわらない人であれば、おそらくそうなる。

 

ならば、体への負担を軽減することが筆写を続けるコツなのではないか、そんな風に思った。

快活に筆写することができれば、毎日でも、何年でも筆写は続けられる。

 

道具選びと環境づくりで筆写は続く

私も、体が悪くなるのに比例して、道具選びや環境づくりに取り組んできた。

筆写を始めた当初と現在では全く違う。

 

現在、毎日10時間くらいは筆写している。

腕や首など、色々不調を感じないわけではないが、やっていることの割には症状が軽いように思う。

 

些細な気づきも含め、私が普段やっていること思いつくだけ全てお話しする。

ひとつでも、ふたつでも、取り入れた分だけ筆写を継続しやすくなると思う。

 

道具篇

まず、道具である。

当然ながら、筆写には紙とペンが必要になる。

 

写す紙は何でもよいと思うかもしれないが、決してそうではない。

筆写するうえで最も重要なのは紙である。

私は、マルマンのジウリスを使っている。

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厚みがある

ジウリスは少々高いが、質が大変良い。

一枚手に取ってみると分かるが、しっかりと厚みがある。

ものを書く時、

 

ペン

下敷き

 

という形になっている。紙より下は固い。紙が薄いほどペン先に固さを受けやすく、手首への圧が鋭くなる。

紙が厚ければ、これがいくらか軽減される。

 

薄い紙を数枚束ねて書くのはどうか。

確かに負担の軽減にはなるが、書いた紙を裏返した時に表の文字(筆跡)が浮き出てしまう。それでは裏面が書きにくく、ストレスになる。

また、下敷きにした紙にも筆跡が残り、後々書く際にガタガタとやかましい。

万年筆で書く場合、インクのにじみや裏抜けの問題も起こる。

1枚でこの問題を解消するには、ジウリスのような厚みが必要だ。

 

引っかかりが少ない

ジウリスは万年筆用ルーズリーフである。

インクの乗りが良く、にじみや裏抜けがほとんどない。

これは、紙の繊維が密なのである。

万年筆でなくとも、引っかかりが少なく書き味がなめらかだ。

これが、疲労感・負担の軽減になる。

 

他とは違う実感

ジウリスをしばらく使った後のこと。

ジウリスを切らしてしまったのでネットで注文し、到着までの間のつなぎで安いルーズリーフを使ったことがある。

書き味の悪さに驚いた。そんなもので長時間書けば、当然疲労感も大きい。

筆写を続けるならば、紙の質にはこだわるべきである。

 

ただし、私は色々使ってジウリスにたどり着いたわけではない。

高かろう良かろう(といっても1枚10円程度)で選び、良かったので使い続けている。

ジウリス以外にも良いものがあるかもしれないが、私がおすすめできるのはジウリスだけである。

 

使い分け

なお、ジウリスには7㎜罫線タイプと5㎜方眼タイプがある。

どちらも使ったことがあるし、どちらでも良いと思う。

私が5㎜方眼タイプを使っているのは、書いた文字が整然と並んでいる必要があるからだ。

入手困難な本を写して一冊作ることも多い。その場合には読み返すことを前提としているため、整然としていなければならない。

また個人的には、このように丁寧に写した方が記憶に残りやすい気がしている。

 

ペン

ペンは、万年筆が良い。

万年筆は、他の筆記具に比べて軽い力で書けるため負担が少ない。

ただし、安物はインクフローが悪く、細字になるほどカリカリとした書き味になりやすい。なにかとストレスになる。

有名なブランドの、それなり(数万円)のものを選び、長く使い続けるのが良いと思う。

 

もっとも、私は現在ボールペンを使っている。

万年筆のほうが良いと思っているが、上記の通り5㎜マスに書いているから、万年筆では書きにくい。

特に、中国古典の筆写では「龜」のようなごちゃごちゃとした漢字もよく書く。

超極細の万年筆(プラチナの3776センチュリー)を使っても書きにくく、出来上がりが雑な雰囲気になったり、読み返すのに具合が悪かったり、色々困ったことになる。

 

これに対処するために、ボールペンに切り替えた。

現在使っているのは、三菱のSTYLE FIT。

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最も細いものは0.28㎜である。

インクのフローは良いが、これだけ細くなるとヌラヌラとした感触はなく、どうしてもカリカリとした書き味になる。

しかし、ヌラヌラとした感触はインクが多く出ているためであり、それでは細く書くこともできないから必要な負担である。この負担への対処法は後述する。

 

これを使えば、5㎜マスでも、細かい漢字でも自由自在である。

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ふりがな付きの「嬖人」でも、「蝤蠐」でも難なく書ける。

 

環境篇

道具は、紙にこだわり、それに合わせてペンにこだわるだけでも十分と思う。

もうひとつ重要なのが、筆写する環境である。

 

私が筆写する時、机はいつもこのようになっている。

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①重り

まず、紙を押さえる重りが必要である。

私は5kgの金棒を使っている。

ただし何キロ以上必要、というものではない。私の金棒も元は素振り用で、手元にあったから使っているだけだ。

紙が動かないだけの重さがあれば、文鎮でもなんでも良い。

 

重りを使わない場合、右利きであれば右手で書きつつ、左手で紙を押さえなければならない。

ここに問題がある。手汗である。

筆写は長時間取り組む。ジウリスの5㎜方眼紙は片面で約2000マス、全部埋めるには2時間ほどかかる。

たとえ寒い時期でも、手汗が少しずつ染みてくる。

もちろん、細かくびっしり書く場合には紙面に乗るインクの総量も多くなる。

手汗やらインクやら、時期によっては大気中の湿気やら、たくさんの水分を吸うわけだ。

 

ここで、ジウリスの質の良さが仇になる。

繊維質が密でしっかりした紙だからこそ、スカスカの紙に比べて水分を容れる余裕がない。

それがたわみになって表れる。紙が波打つのである。

ジウリスは厚みがあるから、たわみのクセも強く、非常に書きにくくなる。

そこで、左手で押さえずに書くために重りを乗せるのである。

 

②下敷き(小)

これも、書く手の汗が染み込むのを防ぐためである。

下敷きを小さく切ったものなど、プラスチック製なら何でもよい。

 

③定規(大)

①と②によって手汗の影響はなくなるが、それでもインクの水分がある。小さく波打ち、鬱陶しくたわむ。

そこで、現在書いている行のすぐ隣に定規を当て、たわみを押さえる。

定規そのものの重さで自然と押さえてくれるように、30㎝の定規が良い。

 

④定規(小)

これは、定規でも栞でも何でもよい。

ただし、私には必要でも、ほかの人には必要ないかもしれない。

 

私は、読んでいる箇所から数秒でも目を離すと、目線を戻した時にどこを読んでいたかわからなくなる。

だから読書が苦手なのだ。

筆写する際には、本を見て読み、紙を見て書き、また本を見て読み、紙を見て書き・・・を繰り返す。

1日10ページ写すとする。1行を写す間に、本と紙の間を少なくとも5回は行き来するだろう。

1ページ15行とすれば750往復。そのたびに続きの箇所を探す必要がある。

探すほうが大変で、煩わしく、筆写どころではなくなる。

そうならないために、写している箇所には必ず定規を当てておく。

 

目線の移りに苦労しない人であれば、これは必要ない。

 

クルミ

何の関係もないようにみえて、これが非常に重要である。

筆写の最中、利き手でない方の手はただぶらぶらしているのではない。

このクルミをいつも握っている。

①で左手を自由にしたのは、手汗対策だけではなくクルミを握るためでもある。

これが利き手の負担軽減になるのだ。

 

筆圧が強いほど、腕への負担が大きくなる。

経書の筆写は、心にぴんぴんとくるものがあって真剣になる。

どうしても筆圧が強くなる。

ペン先が紙面でふらふら踊るように、軽く書けない。

筆圧に注意と思ってサラサラ書こうとしても、気づけばゴリゴリ書いている。

腱鞘炎のリスクがぐんと上がる。

 

仕方がないとあきらめていたが、あるとき「力を籠めるのは必ずしもペン先でなくともよい」と気づいた。

大切なのは、どこに力を籠めるかである。ペン先に籠る力をどこか別にやってしまう。

そこでクルミを握ってみた。

筆写する時、左手でぎゅうぎゅうとクルミを握っている。

すると、ペン先に力が籠らない。

ペンを握る力も、筆圧も軽くして、より丁寧な文字を書ける。

手首への負担も大幅に軽減できる。

 

万年筆からボールペンに切り替えた後も、さほど負担を感じることなく筆写できるのは、このクルミのおかげかと思う。

もちろん、力を移すことが目的であるから、クルミでなくともよい。

 

まとめ

自分が意識していないだけで、筆写に役立っていることはほかにも色々あると思う。

ここでは、私が効果を自覚しているものだけをお話しした。

今後も、やり方を変えることがあると思う。

新たに良い道具や方法を発見したら、また紹介します。