周黄矢のブログ

噬嗑録

東洋思想を噛み砕き、自身の学問を深めるために記事を書きます。

なぜ儒教では婚礼を重んじるか

近思録に関する質問をいただいた。

 

 

これは、なかなか難しい問題である。儒学が男女の礼、婚礼をどうとらえるか、ここが分からなければ混乱する。

実際、質問者は「これは不仁ではないか」と疑問を抱いている。

極く基本的なことから、詳しく解説してみたい。

 

 

節について

寡婦とは、普通「夫を失い(先立たれ)、再婚していない女性」を指す。

広義では、死別だけではなく、離縁した後に再婚していない女性のこと。

古代にも離縁ということはあったから、ここでは広義の寡婦とみて解説する。

 

伊川先生の「餓死は極めて小さく節操を失うは重大である」という言葉について、これは寡婦の観点で言ったものと思う。寡婦として餓死するか、再婚して餓死を免れて節操を失うか、ということだから、寡婦の観点だ。

しかし結婚、離縁、再婚といったことは、男女があって成り立つことであるから、寡婦だけの問題ではない。当然、男性側からもよく考えるべきことである。

ただし、現代の感覚では非常に分かりづらい問題だ。私自身、自分なりにこの問題に整理をつけているが、抵抗が全くないわけではない。

 

節操は本

どのようにお話しすべきか悩んだが、質問者の認識に大きなズレがあるように思う。

質問に「節操という末に拘泥して仁という本を見落としている」とある。ここが混乱の本ではないかと思う。

節操は末ではない。むしろ本である。

 

節とは

そもそも節とはなにか。

「節とは限りありて止まるなり」で、色々な規律や制限がある中で、それを超えずに止まることを節という。これは、法律やルールだけではなく、道徳的なことも含む。

節は元々、竹のフシを意味する。竹には節があって、中が空洞。節がなければ割けてしまうが、あるべき位置に節があるから高く高く成長できる。

竹が節で区切りながら成長するように、物事には区切るべきところ、越えてはならないところがある。社会における法律や制度、規律制限、また道徳的にいえば節度。

全ての物事には踰えてはならない一定の規律・節がある。明確な一線を設け、それをしっかり守るところに、順調・円満な発展がある。規律がなければ、社会というものは成り立たなくなる。

 

一個人の中でも、順調円満に発展するには守るべき節がある。誰でも、生きていく上で大切にしていること、大切にしたいこと、どうでもよいと思うこと、色々な規律・節を設けている。それが良い節であれば、固く守ることで順調・円満な発展がある。例えば、忙しくても毎日1時間は勉強しようという節。この節を固く守れば、その人は成長していく。

 

婚礼の重さ

集団にせよ、個人にせよ、順調・円満のために守るべき節を固く守ることを「節操」という。

節の中でも、礼節といえば礼における節度であり、その節を守ることが礼における節操。

礼義三百威儀三千、礼は多岐にわたる。その中でも、最も重いのが婚礼。婚礼は礼儀の始めであり、また人倫の始めでもある。

 

婚礼は礼の始まり

易経の序卦伝に曰く、

天地有りて、然る後に万物有り。万物有りて、然る後に男女有り。男女有りて、然る後に夫婦有り。夫婦有りて、然る後に父子有り。父子有りて、然る後に君臣有り。君臣有りて、然る後に上下有り。上下有りて、然る後に礼儀く所有り。

 

太極が天地に分かれ、万物が生まれ、人間でいえば男女に分かれ、男女があって夫婦というものができる。
昔は人間も、動物と同じようなものだった。男女の間も、オスとメスで子孫を遺すために交尾をするだけで、夫婦の形がなかったという。

子供を作れば男女が別々になったから、子は父が誰であるか知らなかった。それではいけないというので、伝説によれば伏羲ふっき氏が婚礼を定めた。

今で言うと、婚礼とは単に結婚周辺の儀礼を指す。婚約、結納、両家顔合わせ、結婚式、披露宴など。

しかしここは、天地あって男女あり、夫婦あり、この流れを踏まえると、結婚後も生涯続く夫婦の礼と捉えたほうが分かりやすい。

 

婚礼で男女が夫婦になり、生まれた子は父を知り、父子の関係ができた。

 孝経に詳しいが、子は父に孝を為す。愛敬親に事ふるに尽くす。

父に対する孝と母に対する孝は同じ。どちらも愛を以てする。父に対する孝と君に対する忠も同じ。どちらも敬を以てする。愛敬を以て親に事ふるならば、君主にも立派に事えることが出来る。
そこで、父子有りて然る後に君臣あり。愛敬あって忠孝両全となる。君臣の義、臣が君に事える道、君が臣を遇する道が立つ。


君臣の道が立てば、上下の道も立つ。君は上、臣は下。この別がはっきりとする。上と下、身分の高低が適切になれば、君臣だけではなく卿と大夫、大夫と士といった上下も成り立つ。
上下がはっきりと分かれてこそ、初めて礼儀が成り立つ。上の者には上の者の礼があり、下の者には下の者の礼がある。その礼儀を錯くことができる。
錯くは定める、設ける。礼は往来する。一方通行では礼儀は成り立たない。臣が君に礼を以てするのは当然だが、同じく君が臣に対する礼もある。こちらからの礼と、向こうからの礼がある。礼はわすもの、まじわるもの。

交錯という言葉もあるように、交わることを錯という。礼儀を定めることを「礼儀を錯く」といったことは、大変面白いところであり、礼の意義をよく表している。

 

婚礼は本

このように、夫婦があることは人倫の始めである。夫婦の礼、つまり婚礼が本になって、細かな礼も色々になって、やがて礼義三百威儀三千となっていく。婚礼は断じて末ではなく、むしろ本である。

これを軽視すれば、儒教の道徳は根底から崩れてしまう。だから、儒学では婚礼を非常に重く考える。

詩経を読むと、婚礼の乱れを嘆く歌がたくさんあるし、婚礼の乱れを世の乱れ、国の乱れの端緒とみなす思想が良く表れている。

 

夫婦の象は「恒」

易経の恒の卦、これは男女の道を説くものとして立てられている。そこにはこうある。

こうとおる。咎无とがなし。貞によろし。往くところ有るに利し。

恒は「つね」だが、常とは違う。常は日を象ったもの。恒は月に象る。
日、すなわち太陽はずっと変わらない。しかし月には満ち欠けがある。月が満ちて欠ける周期は一定であり「つね」であるけれども、月の形は始終変わっている。
常とは、どこまでも、なにひとつ変わらない「つね」。恒は、根本にひとつ変わらないところがあるが、表面的には変化してやまないことを恒と言う。

 

これを夫婦の道に象る。

男女が結ばれて家庭を持つ。恒なるところ、根本的に変わらない、変わってはならないひとつのもの、それは「離別することなく添い遂げること」「夫婦としての関係を終生継続してやまないこと」である。

 

夫婦として暮らすうちには、色々な変化がある。夫が昇進したり、会社をクビになったり、それで家計が豊かになったり、貧乏になったり。夫婦どちらかが病気をして苦しむこともあるだろう。子供が生まれることも変化だ。
色々な変化があるけれども、一生涯夫婦であり続けることだけは変わらない、それを夫婦の恒なる道とする。

 

夫婦の節を守ること

夫婦の節もここにある。離別は、変わるべきでないところまで変わってしまうのであって、恒ではなくなる。節を失うことになる。生涯夫婦であり続けるならば、恒であるし節を守ったことになる。

この一点を守る、夫婦の節を守って恒である。

そこで亨る。亨るは通る。夫婦として暮らすうちに色々な変化もあり、苦しいこともあるが、塞がってしまうことはない。咎められるようなことはない。

禍いを被って行き詰ることはなく、夫婦としての道が通る。家庭も円満になる。一家が盛んになってくる。盛んになれば、色々な方へ「往く」ということになる。益々盛んになる方へ往くところがある。

夫婦が乱れ、家庭ががたがたではどこへ往ってもダメだが、夫婦が恒であり節操を失わなければ利有攸往、どこへ往くにもよろしい。

 

夫婦節を守って天下平らかなり

これは、大学で云うところの「家ととのふ」。家が斉えば国も治まる。延いては天下平らかなり。

易の風火家人、これは家庭内の道を説くものだが、そこにもこう書いてある。

父父子子、兄兄弟弟、夫夫婦婦、而家道正。正家而天下定矣。

父は父たり子は子たり、兄は兄たり弟は弟たり、夫は夫たり婦は婦たり、而して家道正し。家を正しくして天下定まる。

夫婦としての節を守り、家が正しくなり、延いては治国平天下につながるのだから、婚礼というものはまことに重い。

 

寡婦の出ぬ仁政

しかし、男女で夫婦の道、節、恒を守ろうとしていても、どうしても守れないこともある。
たとえば夫が兵士にとられて、戦争で死ねば妻は寡婦になる。夫が病死することもある。やむを得ず寡婦になった女性がいる。その女性が餓死するほど困窮した時、再婚するのはどうか。


伊川先生は、それでも再婚は悪いと仰る。再婚すれば節操を失うと。

一度夫婦になったからには、夫婦として生涯一緒に居るのが節である。しかし色々な事情で、望まずして寡婦になった。そこで再婚しなければ節を失うことはない。もし再婚すれば節を失うことになる。

それよりは餓死したほうが良いというのが、伊川先生の考え。


これは、伝統的な儒学の立場から、婚礼を非常に重く見たものだろう。たしかに、伝統的なことから言えばそうなる。

とはいえ質問にある通り、伝統的な道徳を守るために寡婦が困窮し、時に餓死するようであれば、それは仁とは言い難い。

そこで聖人は、夫婦の節も守られ、寡婦も困窮しないのを理想とする。

 

寡婦が困窮しない政治

孝経にこうある。

昔、明王の孝を以て天下を治めるや、敢えて鰥寡かんかを侮らず。

古の立派な王は、孝を以て天下を治めた。鰥寡(年老いて妻のない男、年老いて夫のない女)を手厚く保護した。
鰥寡は年老いて妻や夫がおらず、頼れる人も少なく、困窮するし心細く暮らしている。徳のある君主は、そういう人も大切にする。


何でもそうだが、小さなことを大切にすれば大きなことも大切にできる。小さなことを雑に扱っておいて、しかし大きなことは綿密に、ぬかりなくやるということは中々ない。普段はデタラメだが、「いざとなったら」などと言う人間は信用ならない。

鰥寡を手厚く保護するような王であれば、一般の人民のことも当然気にかけて政事を行う。若くして夫に死なれた寡婦も当然侮らず。寡婦だからといって困窮して餓死するようなことにはならない。

 

王者の感化で寡婦が減る

そういう徳の高い君主が上におれば、その徳に感じて人々の心掛けも良くなる。

このような王は礼を大切にするものだし、もちろん婚礼を重んじる。人々もそれに倣い、婚礼を大切にするようになる。夫婦の道、節、恒も当たり前になってくる。

離縁する夫婦が減って、寡婦が出なくなる。

 

明君の「好生」

また、そもそも政事とは、民を生かすことを好んで殺すことを嫌う、これが根本にある。荀子哀公篇、孔子が哀公を諫めて仰る。

舜の君為るや、其の政は生を好んで殺を悪み、其の任は賢に授けて不肖をつ。

舜が君主であったとき、その政治は、民を生かすことを好んで殺すことを嫌う、これが根本であった。民を生かすために重要な任務は賢者に任せて、愚者には任せなかった。

 

民を生かすことを好み、殺すことを嫌う。このような君主であれば、無道な戦を起こして、人を殺すようなことをしない。戦争で夫を失った寡婦が出なくなる。


もちろん、生かさず殺さずということではなく、民が苦しむことなく、楽しく、幸せに、いわゆる鼓腹撃壌、そんな世の中を目指す。

食べ物に困らず、安楽に生きていくのだから、そうでないよりはずっと長生きできる。
医学が未発達であった当時、若くして病気で夫を失った寡婦もいたに違いない。しかし、徳のある王の治世では、そういう寡婦も出にくい。

 

苛政ではない(追記)

古の明君の治世は、苛酷なるところがない。至って仁政である。

論語八佾篇にこうある。

子曰く、射は皮を主とせず。力を為すに科を同じうせず。古の道なり。

皮は弓を射るときの的。この的は獣皮で作った。それを射抜くことを「皮」という。

射にも武としての射と、文としての射がある。ここで孔夫子が仰るのは文の方で、皮すなわち的を射抜くことを主とせず、礼儀を以て弓を執るを主とする。

力を為す、力とは力役のこと。公共工事などの労働に人々を用いること。

その際には科、力役を科するにも法があった。家の貧富によって上等・中等・下等の三つに分け、それに応じて負担を決めた。その負担が科である。

これらは古の道である。

 

弓を執るに礼儀を主とした時代には、力役を科するにも法があった。寡婦の家は貧しく、男手も少ないものだから、力役が免除された。

寡婦を保護する仕組みがあり、政治が苛酷でない。ゆえに法を犯す者も少なく、刑死する人も少ない。夫が刑死して妻が寡婦になる、といったことも少ない。

しかるに今はそうでない。古の道が良い。今日の道は宜しくない。孔子はそう仰った。

 

寡婦が困窮しない(追記)

婚礼が守られる、無道の戦がない、平和で生きやすい世の中である。これであれば、やむを得ない事情を除いて寡婦は生まれない。
また王は寡婦を保護するから、やむを得ず寡婦になった女性も「餓死か再婚か」の二択を迫られることはない。節操を守ることができる。

これが、儒家の理想とする政治である。

 

詩経の小雅、天保にもこうある。

天保定爾 天、なんじ保定ほてい

亦孔之固 はなはだ之れ固し

俾爾単厚 爾をしてまことに厚からし

何福不除 何のさいわいひらかざらん

俾爾多益 爾をして多く益せしむ

以莫不庶 以てもろもろならざるなし

徳のある天子が天下をよく治めている。徳のある天子を、天が保護している。

天の保護を受け、天子の徳治は固く定まり、虐政へと動くようなことがない。

単は誠。誠は純一無雑。単と複でいえば誠は単。ゆえに単と書いてマコトと訓む。

天は、天子の誠が厚くなるように導く。

除は開く。天の導きによって福が開く。天がそうさせるのだから、必ずそうなる。

 

また天は、天子が多くの益を得られるように導く。

徳ある天子は天下の利益と自己の利益を区別しない。天下が富めば自身も富むと考える。

易の家人の卦にも「王、有家をおおいにす」とある。天子の家は、天子ご自身の一家のみではなく、もっと大いなるものと考える。則ち天下が家であり、天下の人々は皆一家の者、身内である。

天子の家が富むことは、天下が富むことと同じ。ゆえに天の導きで天子が多くの福を得るならば、これは天下にとっても福である。

 

そこで、庶ならざるなし。人々が豊かになり、人口も年々増えていく。

仁政が敷かれており、よく治まっているから、人々みな将来への憂いがない。

男女の婚姻も正しく行われ、離別することもない。

誰もが健康で、戦もなく、病が流行することもなく、人が死ぬということが少ない。

夫婦円満で、子の養育に憂いがない。ゆえに子も多い。人がますます増える。

これが、儒家の理想とする政治である。

 

まとめ

伊川先生の「節操を守って餓死せよ」という考え方は、非常に厳しい。しかし、婚礼というのは、それほど重要なものである。
また伊川先生にも、礼を重んじる儒者としての節があります。弟子から問われて、「餓死するくらいなら、(人倫の始めである婚礼を棄てて)節操を失ってもよい」とは言えない。この辺の事情も汲むべきと思う。

 

「餓死か再婚か」ということだけを考えると「節操をとるべし」となる。

しかし、そもそもそのような選択を迫られる世の中・政治がおかしい、そうならないように孔子の教えがある。こういった思想が根本にある。

この根本を忘れると、確かに苛烈になり、不仁になる。礼は仁の発露であるはず、しかし礼にこだわって不仁になる。そういう弊は、古来、確かにあったろうと思います。

 

「餓死は極めて小さいこと」というのも、「餓死する寡婦が出るのは、社会的に些細なこと」というのではなく、「夫婦の礼節を守ることに比べると、些細な問題」ということと思います。

寡婦の節操に限らず、そういうことはいくらもある。困窮して餓死しそうだからと言って、盗み食いすれば節操を失う。それなら餓死したほうがよい。餓死くらいは取るに足らない。

そのような気骨があればこそ、道を全うに歩むこともできる。理想を追い求めることができる。

 

ですから私は、伊川先生の言を「節操にこだわって仁を見落としたもの」とは思いません。

伊川先生は、言葉などみると随分厳しい人に思われるが、不仁ではない。質問の章句の少し後に、乳母を雇う際の心掛けがある。これを読んでみてください。

 

苦節は悪い

夫婦の節でも、何の節でも、節は守るべきものです。
しかし節は節でも、節を定めるところが間違っていれば、おかしなことになります。節を守ることで順調・円満な発展があるべきはずなのに、それを守れば守るほど世の中がおかしくなる。
間違った節を頑なに守ろうとすれば、必ず混乱が生じます。例えば、法律や労役、課税といった制度があまりにも苛烈であれば、必ず混乱が生じます。


節は長く守っていくべきもの、また誰でも守れるように設けるべきです。ゆえに易の節の卦に曰く、

苦節は貞にす可からず。

制限規律があまりにも厳しく、自然の摂理や人間の本性に合わないものであれば苦節(苦しみを伴う節)です。苦節は長続きせず、固く守ることができない(貞ではありえない)。
秦が短期間で滅んだのは、法律があまりにも厳しかったからです。苦節によって滅んだといえます。

なんにせよ、節は大切でありますが、苦節は悪い。婚礼についても、苦節ではいけません。

 

現代でも婚礼は大事

聖人が定めた婚礼は、現代でも通用します。

単純に考えて、やむを得ない事情がなければ、離婚などせずにずっと夫婦でいたほうが良い。夫婦の道、節、恒を守って家庭円満。それに越したことはない。

 

婚礼などどうでもよい、気分で結婚し、嫌になったら離婚するがいい。人生色々、夫婦も色々。そんな馬鹿な考え方が当たり前になれば、世の中まるでめちゃめちゃになってしまう。

 

しかし苦節であれば宜しくない。節を守ることで悦びが生まれるようでなければいけません。

 

まず、学問道徳に勤しんで身を修めなければならない。家を斉えんと欲する者は先ずその身を修む。男も女も良い人間になれば、夫婦の節を守るにも無理がない。

そして節を守って、往く攸有るに利し。大きな悦びがある。夫も妻も子も幸せで、一家が栄えていく。そんな家庭ばかりであれば一国が円満になる。

夫婦の悦びが一家の悦びになり、一国の悦びになる。節を守って、悦びがどんどん大きくなっていく。節とはそうあるべきです。

 

夫婦の礼・節操は重んじるべきである。男女間の乱れに寛容な風潮は悪むべきである。

もちろん、それでもシングルマザー・シングルファーザーという人は実際にいるし、困ることもありましょう。そんな立場の人が困窮しない世の中を作っていく。
そういうことが大切であろうと思います。