周黄矢のブログ

噬嗑録

噬嗑とは噛みて合うなり。東洋思想を噛み砕き、自身の学問を深めるために記事を書きます。

「士」に関する問答

ツイッターをやっているが、さほど意味を見出していない。

勉強などしていて、深く感じるところがあると書く。

ほとんど独り言のようなもので、誰かに意見を求めるでもなく、自分で感じたままに書いている。

理解を促そう、人にもわかってもらおうといった意識は薄く、誰かに疑問を呈されることを前提としていない。

 

数日前にツイッターで発言した内容について、思いがけず質問をいただいた。

自分では全く疑問のないことばかりツイートするが、そこへ疑問を投げかけられ、再度よく考える機会を得た。

興味深いやり取りであったが、発言が切れ切れになるツイッターではまとまりが悪く、言い尽くすことも難しい。

 

自分なりにまとめておきたいと思った。

質問していただいた方の了承も得たので、記事とする。

ツイッターでのやり取り

今回、二つの質問についてやり取りした。

本稿でまとめる質問は「」についてである。

 

私の発言

先日、私は以下のようにツイートした。

 

いただいた質問

これについて、以下のように質問をいただいた。

仁とは、思いやりの心とは、全てを包み込むもの。

普通に生きる人と士を「慈愛」の価値観で区別することに違和感を覚えます。

士とは、それほど偉大な人なのでしょうか。

普通の人の持つ仁の身に立ってこその士、ではないでしょうか。

仁とは、思いやりの心とは、とてつもなく広く深いもの。

私の学問の道の原点でもあります。

人が人を「慈愛」として区別することが果たして仁といえるのでしょうか。

仁とは、思いやりの心とは、全てを包み込むもの。

士も、士以外の人も、仁はあまねく包み込みます。

 

本稿では、この質問を、

  1. 「士」とは何か
  2. 士人しじん」と「庶人しょじん」に対する仁の違い
  3. 孔子は「士」に何を求めたか

に分けてまとめていきたい。

 

「士」とは何か

この質問を考えるにあたり、まず「士とは何か」について明らかにする必要がある。

これが分からなければ、士人に対する孔子の思いと、庶人に対する孔子の思いが区別できないからだ。

質問した方も、ここに疑問が生じたものと思う。すなわち、

「士人でも庶人でも区別する必要はない、仁はどちらも等しくおおうほど、広く深いものである」

ということだろう。

 

身分としての「士」

士とは、下層階級の出身でありながら、何らかの能力を認められ、身分を与えられた平民のことである。

孝経こうきょうでは、天子、諸侯、卿大夫、士人、庶人の順で身分を並べ、それぞれの身分においてなすべき孝行を教えてある。

 

「士」はどうあるべきか

身分としての士だけでは、士の実際を理解するには不十分である。

孔子の高弟も、季孫氏きそんしに仕えた陽虎ようこも、どちらも身分的には同じ士である。

しかし、両者は明らかに異なる。子路は陽虎は同じでない。子路は君子であるが、陽虎は乱臣である。

 

したがって、学問道徳の観点から士を捉える必要がある。

それを知るには、孝経の士人章第五が分かりやすい。曰く、

 

父につかふるをりて以て母に事ふ、而して愛同じ。父に事ふるを資りて以て君に事ふ、而して敬同じ。

故に母には其の愛を取り、君には其の敬を取る。之を兼ぬる者は父なり。

故に孝を以て君に事ふれば則ち忠なり。敬を以て長に事ふれば則ち順なり。

忠順ちゅうじゅん失はず以て其の上に事へ、然して後能く其の禄位を保ち、其の祭祀を守る。けだし士の孝なり。

 

(母に仕えるには愛を以て、君に仕えるには敬を以てする。これはどちらも父への愛敬と同じである。

したがって、父への孝心で君に仕えるならば忠義にもとることはなく、目上の者に仕えるならば孫順そんじゅんである。

忠義と孫順を失わなければ、よく用いられて地位や俸禄を失うことがない。祭祀を絶やす懸念もない。

これが士の孝行である。)

 

 

孔子が仰る「士」とは、このような在り方を指している。

士は、「君国に仕える者」という身分を表すと同時に、「君国に仕えて役に立つ者」という意味でもある。

 

後者の意味が重要だ。

説文には「士とは事なり」、段注には「能く事に事へる者を士と称す」とある。

君国によく仕えて役に立つためには、学問道徳が必要である。

だから孔子が弟子に求めた「士たるべし」とは、「学問道徳をしっかり身につけた人物になるべし」ということであった。

 

仁義は対象で変化する

士人の正しい意味が分かれば、士人と庶人に対する仁の違いが分かる。

 

質問の意図にあるとおり、仁は士人・庶人を問わず蓋う深さ・広さがある。

では、そもそもなぜ仁は深く広いものとされるのか。

それは、仁というものが対象によって変化するからである。

仁や義といった大きな徳には、そういう性質がある。

 

仁と義の違い

漢の董仲舒とうちゅうじょの言葉に、

仁の言たる、人なり。義の言たる、我なり。仁を以て人を安んじ、義を以て我を正しくす。

とある。

この言葉の通り、仁は人に対するもの、人を安んずるための徳である。義は自分に対するもの、自分を正しく保つための徳である。

 

仁は変化する

仁は人に対するものであり、仁を向ける相手によって色々な名前に変わる。

例えば、

  • 子が親に対する仁は孝
  • 臣が君に対する仁は忠
  • 夫妻間での互いに対する仁は愛
  • 朋友間での互いに対する仁は信

など色々である。どれも仁が根本であり、これらの徳を全てまとめて、一言で「仁」という。

 

義も変化する

忠義や信義といった言葉もある。忠や信は仁にも義にもなり得る。

忠は、

  • 臣下から君に対して向ける場合、忠は仁の変化したもの
  • 君の役に立つ臣下であるべく、自分自身を正す場合、忠は義の変化したもの

といえる。

信も同じ。すなわち、

  • 我から朋に対して向ける場合、信は仁の変化したもの
  • 朋にとって正しい我であるべく、自分自身を正す場合、信は義の変化したもの

といえる。

 

庶人への仁は慈愛

親が子に対する仁を慈愛という。

一国の王が人民に対する仁も、親が子に対する仁と同じであるから慈愛である。

孔子は政事をつかさどる君・大夫・士などに仁を求めた。これも庶人に対する仁であり、慈愛を求めたのである。

 

弟子(士人)への仁は師弟愛

士人と庶人では、仁の表れ方も違う。

孔子は弟子に対して「士」たることを求めた。したがって、孔子が弟子・士人に対する仁と、庶人に対する仁では表れ方が異なる。

  • 弟子には士たるべしと厳しく教え、厳しい愛があった
  • 庶人に対しては厳しく教えるのではなく、慈しみの面が強く出ていた

という違いである。

したがって、士人たれと求める弟子に対しては、厳しさを内包する「師弟愛」といった形で表れる。

 

拘泥は避けるべき

質問にあるように、士人と庶人を慈愛の価値観で区別するのではない。

士人と庶人では仁の向け方が違い、仁の表れ方も違うのである。

私の考えで自発的に区別するのではなく、仁の表れ方として自然的にそういう区別が生じるともいえる。

 

ただ、どちらも根っこは仁であるから、明確に区別することは難しいのかもしれない。

孔子は士人たる弟子に慈愛のまなざしを向けたこともあるだろう。

また、孔子

教へ有つて類なし

(教えを乞うものは誰でも教える。身分や過去の過ち、日ごろの行いで差別することはない)

と仰った。

入門していない庶人から何か教えを乞われたとき、師弟愛まではいかずとも、徳とはこういうものだ、人とはこうあるべきだといった厳しさを以て対することもあったと思う。

このほか、徳治において「親不孝をする者は罰する」というように、庶人に対する厳しい一面があったことも間違いない。

 

誰に対する言葉か

「士人と庶人に向ける仁とは」の問題を考えてゆくと、細部に拘泥こうでいする嫌いがあるので、考えすぎるのは避けたほうが良いと思う。

とはいえ、論語を読んでいると、士人・弟子に対する場合と庶人に対する場合、孔子の態度は明らかに違っておられる。

また、同じ士人・弟子でも、弟子によって教え方が色々に異なる。

したがって、論語の章句を紐解くには、「孔子は、それを誰に対して仰っているか」をよく考えなければ、混乱や曲解に陥る危険がある。

 

孔子が弟子に求めた「士」としての在り方

したがって、私がツイッターで「士に対するのでなければ、慈愛を以てすべきである」と書いた真意は、

 

孔子は弟子を『士』として教育するため、孔子の厳しい面が色濃く表れた。

人民に対するには、慈愛の面が色濃く表れた。

私自身や朋友は士を目指すのであるから、孔子の厳しい面を真直ぐ捉えるべきである。

そうでない(例えば儒学を学ばない)人にそれを求める必要はなく、道に外れた言動があっても、孔子の優しさで捉えるべきだ。

という意味である。

 

庶人への慈愛、許し

これについて、さらに以下の質問をいただいた。

道に外れた人とありますが、
孔子の優しさとは、全てを許すのでしょうか。
孟子にあるように、桀・紂は獣、畜生の類いとして弑するを是としました。
優しさ、を曖昧とすることに疑問を感じます。

私がここで言った「道に外れた者への優しさ」とは、桀や紂のような大悪人ではなく、あくまでも庶人に対する慈愛である。

庶人への慈愛を考える時、分かりやすい内容が孔子家語にある。

 

あるとき孔子は、法廷で争う親子を厳しく裁かず、後に不問とした。

当時、孔子は「国を治めるには孝道を正すことが第一」と唱えていた。

ならば、親子で争うのは治国平天下の大道を乱す罪である。しかし罰しなかった。

そこで季孫氏が、孔子の裁きに異を唱えた。

孔子は仰った。

 

「上に立つ者が道を誤っていながら、下の者が道を誤ったら罰する。これでは筋が通らない。

それに、我が国ではこれまで人民に孝道を教えることがなかった。その導きをせずに、孝道に悖るといって罰するのは、罪のない者を殺すのと同じだ。

十分に戒めることなく、急に成果を求めることは民をしいたげることにほかならない。

十分に道徳を敷いて、教化した後に罰するべきである」

 

これが、孔子の庶人に対する姿勢である。

無辜むこの民が道に外れたからといって、厳しく責めない。

罰するのは道理に合わぬ、非道である。

むしろ、人民を誤らせた原因を政治に見出す。

そして許す。

 

ただし、士人は別である。

人民を治めるべき、模範たるべき立場の者が道に外れた場合には厳しく罰する。

士より高い身分の大夫であった少正卯しょうせいぼうが誅殺されたのはこのためである。

 

士の道は厳しき

孔子は庶人には慈愛、士人には厳しさを以て対した。

では、孔子が弟子に求めた厳しさ、士の道とは、具体的にどのようなものであったか。

 

質問者の

士とは、それほど偉大な人なのでしょうか。

の問いに答えるためにも、論語からいくつか取り上げてみたい。

 

己を行うに恥あり

子貢から「士とはどんな者をいうのですか」と問われたとき、孔子は、

己を行ふに恥有り

(道に外れたら恥ずかしいと思う廉恥れんちがあり、十分に慎みながら行動する者を士という)

と仰った。子路篇の言葉である。

以下の通り、士には三等の別があるが、いずれも「己を行うに恥有り」の態度がなければ士とはいわれない。

真にこの態度を持っている人は極く少ない。

その日を普通に生きる人でも、この態度を全く持たないわけではないだろうが、強く持っているか、困難なる時にもこの態度を失わないか、となると疑わしい。

どんな時でも、「己を行うに恥有り」の態度を堅持するのが士である。

この意味だけでも、士とは偉いものといえる。

 

士に三等あり

これに続く子貢の問いに答え、孔子は士に上等・中等・下等の三等があると答えられた。

 

上等の士

まず上等の士とは、

四方に使ひして、君命くんめいはずかしめざるを士と謂ふべし

(外国への使者としてどこへ行っても、決して君命を辱めない者を士という)

と仰った。

これは、大人物といって良い。

学問道徳ともに十分でなければ、こうはいかない。

 

同じく子路篇で、孔子は以下のように仰っている。

詩三百を誦して、之に授くるにまつりごとを以てして達せず、四方に使ひして専対せんたいする能はずんば、多しといへどなにを以てん。

詩経三百篇を暗誦できるほど学んでおきながら、政治のことがよく分からなかったり、外国に使者として出向いて臨機応変に対応できなければ、いくら多く覚えたところで何の役にも立たない)

つまり論語読みの論語知らずを謗ったわけだ。

根本先生は、この解説で以下のように痛罵している。

今日の事に応ずることができねば、詩を誦むこと多しといえども、何の用に立つものか。これが腐儒ふじゅ(腐れ儒者)というものだ。

 

孔子の仰る上等の士とは、学問し、道徳を磨き、なおかつ政治や外交に学問を応用し、「快刀乱麻を断つ」の働きができる者を指す。

上等の士は「偉い人」といって間違いない。

 

中等の士

中等の士については、以下のように仰る。

宗族そうぞく孝を称し、郷党弟きょうとうていを称す。

(一族の間では、誰もが「あれは孝行である」と認めている。また一族の間だけではなく、外に出ても「あれはてい(目上の者に柔順)である」と褒められている)

つまり一族の間でも、一郷の中でも孝悌こうていで轟いている人である。

中等の士も偉い人と言って差し支えない。

 

下等の士

下等の士について孔子曰く、

言必ず信。行必ず果。硜硜然こうこうぜんとして小人なり。

(言ったことは間違いなく行う。信がある。言ったことは良くても悪くても行う。硜硜然、石の固まったように融通が利かず、小人である)

 

士の中でも最も低いものは信義に偏った者である。

良くも悪くも、言ったことは必ず行う。

悪いことでも改めずに実行するのだから、反省がないといえる。

「過ちては則ち改むるに憚ることなかれ」という教えが実践できていない。

したがって悪いところがあり、下等の士は上等・中等の士より格段に落ちる。

あまり偉いとは言えない。

しかし孔子は「こんな人でさえも得難い」とも言っている。

 

下等の士を愛した孔夫子

孔子は上等の士、少なくとも中等の士を理想とされたのだろう。

下等の士は、いわゆる公冶長篇に言う所の「狂簡きょうかん」が近いように思う。

 

陳蔡ちんさいで危険に遭遇された折、孔子

(魯に)帰ろうよ、帰ろうよ。

我が郷党の門人、特に若い者には狂簡なる者が多い。

(狂簡の狂は志が大きく、卑劣なところがないこと。簡も志が剛にして高く、細事にこだわらないこと。この狂簡がなければならない)

狂簡で、学問への意欲もあってなかなか良い。

しかしまとまりがない。事に処するに、中庸の道を以て裁断していくところまでは届かない。

国に帰って、狂簡な若者を仕立てたいものだ。

意訳だが、このように仰った。

 

狂簡なる若者は、下等の士に近い。

志が高く、性質が剛強で、世間一般の常識や名利が通用しない。言ったことは何でも守って信がある。善悪を充分に考えず果断である。

 

中庸を得ず、善悪を充分に考えずに果断であれば、時にしくじる。

上等の士ではありえない。

言ったことは何でも守るから「他とは違って、俺には信義がある」と俗なる世間を見下す者もいるだろう。

敬がない。一族あるいは一郷から「あれは狂っている」などと噂されることも多かろう。

中等の士でもありえない。

狂簡な人間は下等の士に近い。

 

しかし、これを仕立てれば良い人間、中等や上等の士が出来上がると孔子は仰った。

狂簡は、仲弓の敬簡に遠い。

狂は悪くないが、粗いところがあり、ことに敬に欠ける。

狂簡が敬簡になればなお良い。

孝経にあるとおり、敬を以て君に仕えるは士の孝である。

そうなれば、もはや狂簡・下等の士でない。敬簡・中等あるいは上等の士といえる。

教育によって、それは可能である。

 

孔子は、郷里の狂簡な若者に望みを抱いた。

一般に、教育者は素直で元気の良い若者を好むが、孔子もそうであったのだろう。

であるから、孔子は決して下等の士を否定したわけではない。

むしろ、下等であっても士と言い得るだけの人間を尊重しただろうし、そのような若者を愛しただろうと私は思う。

 

士は悪衣悪食を恥じぬ

子路は士であった。

子路の徳、というよりもほとんどの人の徳は、さまざまな形で表れる。したがって、ある面では上等の士とも言い得ようし、中等や下等に言い得ることもあるだろう。

ともかく士であった。

子路の狂簡なる一面が里仁篇によく表れている。子路悪衣あくいを恥じぬ人物であった。

顔回にも狂簡なる一面があった。悪食あくしょくを恥じぬ士であった。

このことは、以下の記事に詳しく述べた。

shu-koushi.hatenadiary.com

 

今回、疑問を呈された元のツイートも、この章句によって覚ったことである。

孔子曰く、

士、道に志ざして悪衣悪食を恥じる者は未だともに議するに足らざるなり

(道に志す士が、悪衣悪食を恥じるようではいけない。そのような人物は、ともに大事を語るに足らない)

 

魅力的な章句だが、筆写三度目にして、私は初めて「士、道に志して」に注目した。

士とは「事に任ずるの称なり」である。だからこそ、道に外れてはならないという慎みも必要になる。

しかし、この章句は「道に志す士」を対象とするものであって、士人や庶人を広く対象とするものではない。

士人たることを弟子に求め、師弟愛から出た厳しさであろう。道に志しておきながら、悪衣悪食を恥じる者を問題視しているのだ。

それを求めない庶人には、この言葉はふさわしくない。普通の人が悪衣悪食を恥じることには言及していない。

庶人が悪衣悪食を恥じても何ら問題ではない。むしろ「暖かいものを着たい、美味しいものを食べたい」というのが、庶人にとって自然である。

 

これを読んで、私は、

孔子はお弟子に士たること、悪衣悪食を恥じぬ狂簡、剛毅を求めたのだ。普通の人、人民にはその厳しさを求めなかったのだな」

と覚った。

ここにも、弟子には師弟愛、民草には慈愛、という孔子のまなざしが見て取れる。

 

士と士の交わり

最後にひとつ。

質問への回答の中で、

私自身や朋友は士を目指すのであるから、孔子の厳しい面を真直ぐ捉えるべきである

と書いた。

士と士の交わりにおける孔子の厳しさとは何か。

 

子路孔子に「士とはどうあるべきか」を問うたとき、孔子は仰った。

切切偲偲怡怡如せつせつししいいじょたるを士と謂ふべし。朋友には切切偲偲、兄弟には怡怡如たり。

(切切偲偲、怡怡如を守るのを士という。朋友、つまり士と士の交わりでは切切偲偲であり、兄弟と交わるには怡怡如である。)

切切とは切実なるさま、偲偲とは励まし合うさま。

士と士は朋友として交わるには、互いに義がなければならない。

学問道徳を修めるべく互いに務め、朋友に正しくない所があれば切に責めるし、怠るところがあれば励ます。

朋友を責めるのだから、義ではなく仁ともいえるが、義の意味がより強い。

「朋友に対して正しく振る舞うため(自分自身が朋友にとって正しくあるため、義のため)に責める」のである。

これが朋友の交わりである。孔子も、弟子が互いに結び合う時、この厳しさを求めたはずだ。

 

なお、怡怡如は親しみを厚くすること。兄弟にはこれが第一で、朋友のような切切偲偲たる厳しさは不要である。

 

まとめ

これ以上は繰り返しになるし、8000文字を超えたのでこれくらいにしておく。

孔子の仁はどのようなものか、弟子にどのような在り方を求めたかなどについて、私はこのように考えている。

 

思いがけず質問を受け、再度よく考え、理解がさらに深まった。

丁寧に学んだつもりでも、まだまだ考える余地、理解の至らないところはあるものである。

今後も真剣に学びたい。